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歌わない日々

2017.06.25

私は歌わなくなった。
あんなに執拗に、歌しかないと思っていた幼少期の私は一体どこに行ったのだろう。
いつしか、歌いたい・歌が大好き、から、自分は歌っていくんだという自覚を持ちはじめて
それから、歌わなければに変わって行った。
辛そうだねとライブハウスの人に言われた。辛かった。
歌を道具にしてしまった。
頼り切って、他にも抱えなければいけない色んなものの間に、置き去りにしてしまっていた。

何かが満ちて、何かが欠ける。

私は歌わなくなった。
アマチュアで一人だから、引退も解散もない。
ただただ、歌うのをやめた。
音楽は、前より好きになった。
色んな種類の音楽を、体で楽しめるようになった。
だいたいどんな演奏を見ても、なにかしら、感じられるようになった。
これで良いのだと思いながら、どこかで、歌えたと思い込んでいる、いつかの自分の背中を見続けている。

なにが変わったのだろう。
自分?まわり?仕事?家族?
全部変わった。
小さいころ、ただただ歌っていた自分には、圧倒的に、なにもかもが足りなかった。
足りないから、ひたすら真っすぐで、信じていた。
あの頃と比べたら、とんでもなく今、満たされている。
あの頃欲しかったものは、だいたい手に入れているのかもしれない。
ただただ、歌って生きていくということ意外は。

世の中の、成し遂げている人は、きっと沢山の何かを手放して、ひたすらずっと、それだけを追いかけているのだろうな。
私は、でもやっぱり、幸せだ。

これから私が歌って生きていくためには、満ち足りているから、努力をしなければなんにもできない。
そんな当たり前のこと。
これからも、きっと小さな自分の背中は捨てきれないから、
どこかで小さく、歌っていけたらいい。

“もしも、あの時”の私。

2016.09.23

“もしも、あの時”の私と今日、目が合った。

“もしも、あの時”の私はこっちの方なんか見向きもしないと思ってた。

考えたって仕方がないのに、どうしても消えない“もしも、あの時”の私たち。

今の自分は、ただこの道を歩いてきたひとつの結果に過ぎなくて、思い返したらいくらでも、やり直したいと思うターニングポイントはあった。

いつかの頃、思い描いていたものとは程遠い現状。
幼い自分にごめんね、と言いたくなるような現実。
それは、真っ直ぐな、ただひとつだけの夢を叶えることができなかったから。

でも今は、たったひとつだったその夢が、いくつもの細かいキラキラした幸せに変わって、常に降り注いでいる。
失ったものも含めて、選んで、手にしてきたものが沢山ある。

いくつも存在している“もしも、あの時”の私は、どれもどうしたって私になって、そこから目指して辿り着く先は同じ所のように思った。

こんにちは。さようなら。
“もしも、あの時”の私。
改めてまして、今の私。

まだまだ出来ることは、これからも沢山ある。

2016.07.03


猫と同居する妄想繰り広げていたら心が落ち着いた。猫さんは正義。

2016.06.09

近ごろ、自分をとりまく周りの環境ががらっと変わる出来事がいくつか重なった。
自分自身の日々やっていることは変わらないんだけど、自然と自分も動かなければいけなくなったり、考えさせられることが多くなっていた。
というか、現在進行形で動いていて。
どうしてだか、自分でもよく分からないんだけど、
希望が全くない訳でもないのに
悲しいことが起こったわけでもないのに
いつでも自分をみじめに感じてしまって、むなしくて、体から力が抜けて。
どこに向かっていけばいいかわからなくなっている。
まわりは新しい方向に進みはじめていて
私はなんだか取り残されたような、過去に押し戻されているような
自分でも何か新しく始めたらいいのに、なにもやる気になれないし
誰のせいでもなく、山もなく谷も無いのに。
自分の思い描いていた目標が、蜃気楼みたいに、実際には存在していなかった
あともう少しで辿り着ける!と、気を抜いた瞬間に夢から醒め、何もかも失ったみたいな。

何をしてても、ふと、なんでこれをしているんだろう。
何のために?と考え出してしまう。
考えないように、全く別のことで気を紛らわせても、ただただむなしい。
どうして知らない人やテレビの誰か、あの人この人はこんなに頑張れるんだろうと思う。

他人と比べてしまうからなんだろうか。
だったら誰も存在しないところに行ってしまいたい。

大事なもの、手放したくないのに、置く場所がなくて悲しいとか
ばかばかしくて
もう全て捨ててしまいたい。

こんな風に自分がなっているのは、これは、もしかしたらもうやめなさいよって神様に言われてるんじゃないかと思う。
どこにも置き場がない、自分以外の誰にとってもどうでもいいような気持ち。

たぶん、この部屋をまっさらにできたころには今よりは少しすっきりしているんだろうと思う。
どれだけ手放すか、あきらめるか、開き直れるか。
こんなにもくやしくて、みじめで、自分がかわいそうだなんて思いたいような気持ちってことは
少し前までの近ごろの自分は、実際より上にいるように思い込んでいて、なんて思い上がっていたんだろう。
今は、自分を慰めるのも、叱るのも、どちらの方向からも、立て直すことがむずかしい。
ただ、食べて、それなりに洗って、よく眠ることはできる、
最低限のことをひとまずは続ける。

水面

2016.05.28

水面が静かになる。
荒波だっていたときには見えていなかったものが見えてくる。
静かになってようやく海底に溜まっていたゴミとか残留物とか、片付けなくてはいけないものも見えてくる。
おなじ海なのに全然違った風に見える。
この海を、力強く泳がなくてはと意気込んでいた。
来やしない船を思い描いて、一喜一憂していた。
いや、小さくても、ぼろぼろでも、それなりにしゃんとした、舟に乗っていると思ってた。
これから増改築して少しづつ立派にしていけたらいいと思ってた。
全部溶けてしまってからそんなものなんて存在しなかったとやっと気がついた。
ただただ一人で、まだまだ浅い海の入り口でたぷんたぷんと溺れてる。
弱音なんか吐きたくないのに、自分のなかにはどろどろと、どす黒いものがたんまり溜まっている。
誰かのせいにしたい。何かのせいにしたい。全部やめてしまいたい。
どうしてこんなにくたびれているんだろう。
どうしてこんなにみじめで悲しい気持ちでいるんだろう。
これじゃ、きっとまた同じ失敗を繰り返す。
体から力が抜けて、脳みそはどんどんどんよりした紫色になる。
現実を見ないで夢を見ていてはいけなかった。
悪いのは、現実を見れていなかった自分です。
これからどうやっていこう。
どう息をしていけばいいんだろう。

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